クラリネットを軸にしてより文化的な社会をつくる!葛島涼子さんの発信を深堀り
”色んな人とたくさん関わって音楽をしていきたい” きっかけづくりとしてのYouTube活動特集「音楽家のYouTube活用」。第3弾となる今回はクラシック音楽のシーンでクラリネット奏者として活躍する傍ら、基礎練習をメインに扱うYouTubeチャンネルを運営して人気を博している”クズシマクラリネット”の葛島さんをお迎えした。さまざまなオンラインのプラットフォームを活用しながら、音楽文化の向上を何より大切にするハイブリッドな姿勢に、編集部も深く頷きながらのインタビューとなった。
病気で楽器をやめることも考えた。そんな中はじめたYouTubeが時代とマッチして――
葛島:クラリネット奏者の葛島涼子(くずしま りょうこ)と申します。YouTubeチャンネルは「クズシマクラリネット」という名前で、毎週金曜日にクラリネットの上達に役立つ動画をアップしております。普段はクラシックの演奏家として、愛知県在住で日本全国どこでもフリーで活動しております。レッスン活動にも力を入れているため、YouTubeでもそういったコンテンツを扱っています。
MuseMate運営(以下、MM):今日は「音楽家のYouTube活用」というテーマでお話を伺います。葛島さんはYouTubeをいつ頃、なぜ始められたのですか?
葛島:YouTubeチャンネルを開設したのは2020年の頭です。当時私はフォーカルジストニアを患っており、演奏活動をほぼ休んでいるような時期でした。それまではクラシックのシーンで積極的に活動していましたが、自分に出来ることが病気のせいで少なくなり、楽器をやめることも考えました。
でもやっぱり完全には諦められない状態で、まだ自分に出来ることはないかと探したところ、世の中でYouTubeがトレンドになるらしいということを何かでみたんです。最初はブログで今みたいなコンテンツを発信していたのですが、やっぱり音楽、楽器だから動画の方が伝わるなということもあり、YouTubeを始めました。
MM:2020年となると、タイミング的にはコロナが本格化するよりも前ですか?
葛島:そう、少し前なんです。コロナより前に「絶対頑張る」って決めて本気でYouTubeを始めました。私は演奏活動を休んでいたので、コロナ禍でのショッキングな打撃みたいなものはもともとあまりなくて、それより自分の中のきっかけは病気の方が大きかったと思います。それがたまたま時代とマッチしたところがあったのかなと思います。
バズらずも、じわじわと伸ばし続けてまもなく1万人
MM:ブログでの発信や、他にもnoteのサークルなど、インターネットを使って盛んに発信をされている印象です。ブログはYouTubeよりも前に始められたのですか?
葛島:ブログが一番初めです。そのあとYouTubeを始めて、登録者が1000人いったところでもう少しコアなコンテンツを発信できないかという事でnoteを始めました。
ブログでは、最初はクラリネットに限らず雑記ブログのようなものをやろうと思っていたのですが、やっぱり自分はクラリネットが得意なので、クラリネットを取り上げ始めました。でもブログとしてアクセス数を稼ぐには層が少なすぎるということで、もう少しニッチなものでも見られやすいYouTubeを使い始めました。
その後手術をして病気を直し、自分の活動復帰が視野に入った時、ちょうどコロナ禍だったんです。最初は広告でお小遣いでも入ればいいなくらいの軽い気持ちでしたが、自分の活動復帰で仕事を増やしていくということと途中から結びつくようになり、YouTubeをこういう形で頑張ろうということになりました。
MM:そうして始められたYouTubeチャンネルも、まもなく登録者1万人(2022年11月現在)。チャンネルが伸び始めたきっかけは何かありますか?
葛島:私はバズってはいないので、ここまでずっとじわじわと比例型で来たんですけど、1000人を超えるきっかけとなったのはタンギングの「How to動画」です。
はじめは何をしたらいいか分からなくて、絶対に金曜日に動画を1本あげるとだけ決めていました。今見るとすごく恥ずかしいですが、遡ると変な動画をあげたりとかしていましたね(笑) 当時はそんなに、レッスン動画――私はレッスン動画とはあまり言いたくないのですが――「How to 動画」を上げている人がいなかったので、そこだと思ってやり始めました。するとバズったわけではないですが、少しだけ当たって、その動画は今でも3万回くらい再生されていますね。
MM:なるほど。はじめの頃の動画と言えば、「シングシングシング」の演奏動画を拝見したのを覚えています。
葛島:穴があったら入りたいような動画です(笑) でもこうやってエピソード語るときに恥ずかしいものが残っていると面白いかなと思って残してます。
「レッスン動画」ではなく「How to 動画」と呼ぶ理由
MM:さきほど「レッスン動画」ではなく「How to 動画」と呼んでいると仰いましたが、その理由を詳しくお聞きできますか?
葛島:私は個人レッスンなどに来てちゃんと音楽を習う人が、ピアノとかだけじゃなくてクラリネットでも増えたらいいなという思いがあります。今は主にYouTubeの動画を観てくださった方が私の個人レッスンに来て、もう少し音楽を深堀りして……ということをやっていて、それが”レッスン”なんですけど、やっぱりYouTubeは一方的に喋っているので、レッスンってもうちょっと対話型なのかなと私は思っていて。その辺の違いはこだわってます。
MM:なるほど、よく分かりました。ピアノくらいカジュアルに管楽器を習う人が増えて欲しいという思いもとても共感できます。
「リードがない」はNG? クラリネット奏者とYouTube発信の両立
MM:音楽家、クラリネット奏者としての活動とYouTubeの両立、音楽家の自分とYouTube発信の自分の使い分けなど、ブランディング的な意味も含めて何か意識されていることはありますか?
葛島:良い質問ですね(笑) 難しいところですよね。やっぱりYouTubeは視聴者にある程度目線を合わせるじゃないですか。それこそ私は基礎練のようなものがメインコンテンツなので、普段そういったことばかり考えているわけではなくて、音楽家としての自分はもう少し踏み入ったところまで考えている日々ではあります。
ただやっぱりメインコンテンツにしているものと普段の自分とでリンクする面もあるので、そこまでYouTubeで別の自分を作っているという感覚ではないですね。
ですが、そのYouTubeの視聴者が見ている側面を積極的にSNSで言語化して発信していこうというのは、YouTubeなどのコンテンツを伸ばすためにわざとやっています。本当は音楽家としてはTwitterに「リードがない」とか書きたくないんですよね。
「今日の本番はうまくいかなかった」とか「緊張した」とか「今日こういう失敗をしちゃった」とか、従来のクラシック奏者ってそういうのNGだと思いますし。「マウスピースはこれを使ってます」とかもあんまり言いたくないというのが音楽家としての本音ではあります。でも、そういう悩んでいる姿が伸びていたり需要があると感じているので、ちょっと音楽家の自分としては言いたくないような部分をあえて見せるということも意識的に行っています。
MM:最近はそういう過程や裏側を見せて、演奏会やレッスンに繋げるという形も増えてきたので、時代に合っているとも言えるのかもしれないですね。
「クラリネット」「トロンボーン」他の楽器のチャンネルも徹底的にリサーチ
MM:時代といえば、コロナ禍で音楽家のYouTubeもずいぶん一般的になって、クラリネット奏者でチャンネルを開設する方も増えてきました。自分以外のクラリネットのチャンネルはチェックされていますか?
葛島:めちゃめちゃしてます。それこそ最初の頃なんか、「クラリネット」で検索して全員一覧でどういう風に伸びててどういう風に伸びてないかとか全部研究しましたし、ちょっと最近は怠ってるんですけど、どのコンテンツが伸びるかは常にみるようにしてます。クラリネットに限らず管楽器は全部、ピアノとかも有名な人はチェックするようにしてます。
母数を知りたかったので、「サックス」「トランペット」だけじゃなくて「クラリネット」「トロンボーン」とかで、どこがそれぞれの管楽器のチャンネルの伸びる限界なのかとかもすごくリサーチしています。
MM:他の方のチャンネルに対してライバル意識などはありますか?
葛島:もちろんあるというか、あるようにしてるんですけど、伸びてるチャンネルほど結構立ち位置が分岐してきたなと言う気がしています。 私があまり気にしないでいられるのは、YouTubeを自分の音楽活動とリンクさせていることもあったり、私にはクラリネットをやってきた中で悩んだり、病気をしたりというストーリーがあって他とは比べられないと思っているからですかね。
MM:今後更に音楽家のチャンネルが増えていくことに対しては、大歓迎という感じか、それともこれ以上は増えて欲しくないなどありますか?
葛島:増えて欲しいです。コラボとかもしたいし、私のチャンネルを観ている人に色んなものを観てもらいたい。最近の人って、結構YouTubeしか観ないという人も多いから、YouTube上のクラリネット奏者しか知らないみたいな人もいて。 新しく始めた人を私のチャンネルにお呼びしたら観ていただけたりもするので。視聴者の方の文化レベルを上げていきたいじゃないですか。そういうのが根底にあるので、チャンネルが増えていくのは嬉しいことです、私にとって。
MM:ぼくもそういう思いでYouTubeをやっているので大変共感できます(※インタビュアーもYouTubeチャンネルを運営しており、2022年11月現在2万人の登録者を抱えている)。ちなみに、おすすめのクラリネットのチャンネルはありますか?
葛島:クサノさんとか、お互いのチャンネルが似てるからこそ最近違いが明確になって来たので面白いなと思います。
MM:「クララボ」さん(クラリネット奏者のクサノユウキさんが運営するチャンネル)ですね。
葛島:一方で若い子のチャンネル、Akaneちゃんとか、しゅんななさんとか、ショートコンテンツを活用しているのが自分には出来ていないことなので、それで数字が出て結果も残しているので、すごいなと思ってみています。
「Akane Clarinet /あかねクラリネット」チャンネル
「SHUN&NANA Daily Clarinets!」チャンネル
MM:ぼくも実は一応クラリネット奏者なので、皆さんよく拝見しています。
数字を諦めたことは一度もない。深く刺さるコンテンツとのバランス、試行錯誤の日々
MM:YouTubeをやる以上たくさん再生されて欲しいというのはもちろんあると思うのですが、じゃあそれは100万なのか1万なのかとか、ビジネス系の人なら登録者数よりコンバージョンを大事にする人もいたり、色んな数字との付き合い方があると思います。葛島さんは数字とはどういう風に向き合っているか、そのときの戦略などがあればぜひ話せる範囲で教えて下さい。
葛島:難しいですね。日々試行錯誤しているところです。母数を増やしたいのはすごく大きな気持ちとしてあって、それこそ音楽用語とか楽典みたいな幅広くみんなに観てもらえるコンテンツも作ったんですけどなかなか伸びなくて、母数を増やそうとすればするほど伸びずに失敗してる過程にあります。
増やすことにもずっと目を向けてはいますが、ただやっぱりコンバージョン率を上げるじゃないですけど、今は自分の仕事に繋がるような深く刺さるコンテンツ作りの方に力を入れているところです。ですが、数字を諦めたことは一回もありません。
目指す先があるなら、途中でやめないことが大事
MM:これからYouTubeを始めようと思っている音楽家の方もいると思います。そういう方に向けてメッセージやアドバイスをいただけますか?
葛島:私自身はここまで伸びた理由は絶対にやめないと決めたことだと思います。最初の頃はなかなか膨大な時間を使いますし、音楽家として日常の楽器の練習と動画制作と、かなり時間の使い方も難しいと思うんですけど、目指す先があるならやっぱりやめないことが一番重要かなと私自身は思っています。
MM:ありがとうございます。葛島さんご自身はYouTubeを使う前と使った後で変わったことはありますか?
葛島:すごく内面的な話になってしまうんですけど、普段言語化していないことを、私のチャンネルではわざと言葉にすることを意識しています。そうすることで結構自分の気持ちもすっきりするというか、人に伝えていくことで自分がやりたい事や音楽家として考えていること、「クラリネットの奏法としてこう考えている」という方向性がはっきり見えて、生きやすくなったなと思います。
MM:毎週の動画投稿、大変な中にもプラスに働く面があるのは素晴らしいですね。今後の展望などがあれば是非お聞かせください。
葛島:はい。私は音楽家として人と関わることを生きがいに感じるので、色んな人とたくさん関わって音楽をしていきたいと思っています。そのために自分が良い状態でいて、そして発信もしているとチャンスは訪れると思います。そういうきっかけづくりとして、YouTubeはずっと続けていきたいと思っています。
そして私自身が体の故障をしたことがあるので、今後そういう身体と楽器の関係に目を向けて、勉強していることや習っていることを発信していきたいなという、なかなか踏み出せずにいますがちょっと先の予定があります。
「対話」を大事にするオンラインコミュニティを運営
MM:YouTubeだけでなくnoteでの発信もされていると伺いました。どういった目的で、何故noteを選ばれたのでしょうか?
葛島:noteはもともと好きなプラットフォームで、私自身よく記事を読んだりしていました。 オンラインコミュニティを作りたくて、媒体としてnoteを選んだのは馴染みがあって使いやすかったからです。それと私はTwitterが得意なので、Twitterとの連携がしやすかったから。 やっぱりYouTubeってどうしても、悪い言い方をするとちょっと目線を下げないといけない場面が――特に私は数も狙っているので――多いので、そういった意味でもう少し深い発信だったり、一方的な発信だけではなくそれこそ「対話」が出来るようなオンラインの形を作りたくて立ち上げました。 オンラインコミュニティでは対話を大事にしていて、メンバーとZOOMで対話が出来る仕組みになっています。
MM:noteのオンラインコミュニティなど、葛島さんのご活動について最後に是非、宣伝・告知をお願いします。
葛島:noteで「クラリネットサークル」というクラリネット吹きのためのオンラインコミュニティを運営しております。 月に1、2本コラムを限定で更新したり、オンラインでお話できたりしてすごく密な関係を作っているコミュニティです。色んなタイプのクラリネットの愛好家の方が参加しているので興味がある方は覗いていただけたら嬉しいです。
MM:本日はありがとうございました!
葛島:ありがとうございました!
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